モンゴル帝国とベトナムの戦い、侵攻する元を退けた国

チンギスハン

どうも、ダルです。

またまた前回前々回に続きましてモンゴル帝国の話です。モンゴル帝国は瞬く間にユーラシア大陸を制覇し、様々な国を亡ぼしていきます。その圧倒的な戦力で史上最も大きな帝国を築き上げた国です。

破竹の勢いでのし上がったモンゴル帝国ですが、様々な理由から攻略できずに諦めた国も中にはありました。

日本もその中の一つです。これは日本海という強固なバリアに阻まれた結果でもありますが、世界には陸続きであったにも関わらずモンゴルを退けた国があります。それが現在のベトナム。

今回はそんなベトナムとモンゴル帝国の戦いに関するお話です。

スポンサーリンク

ベトナムは侵略され続けてきた国

ベトナム

ベトナムのイメージと言えば一定の年齢の人からすると「ベトナム戦争」が一番色濃いでしょうか?最近は東南アジアなどへ旅行する人も増えてきていて、現地へ行かれたことのある人も多いかもしれませんね。

実はベトナムは侵略の危機にさらされ続けた国です。

というのも南シナ海に面しているという立地条件的に、昔から様々な港を欲する国に攻められています。特に中国とは隣接していることもあって常に侵攻を受けてきました。

しかし、ベトナムが主権を失ったのは近代に入ってからのフランス、日本による植民地支配のみです。つまりそれ以外の侵略はことごとく跳ねのけてきたということになります。

中国と隣接していながら独立を維持し続けるというのは並大抵のことではないでしょう。凄い国です。

撃退されてきた国の中にはモンゴル帝国の「元」も含まれています。日本が二度目の元寇を退けた翌年にべトナムも侵攻され、同じく撃退しているのです。

当時のベトナムは「大越国」「陳朝」の時代でした。驚くことにベトナムは日本よりも多い三度もの侵攻を受けています。

二度の遠征により陥落する首都ハノイ

ハノイ

南宋攻略のための第一回遠征

元寇の際と同じく、「南宋」に打撃を与えるため元はベトナムへと侵攻を開始します。

南宋の背後をとることで挟み撃ちにしようと目論んだのです。これが第一回ベトナム遠征の目的。

降伏するよう勧告に来た使者をベトナムが次々に投獄したため、帰ってこない使者に業を煮やしてモンゴルからの攻撃が始まります。この間にベトナムは侵攻に備えて軍備を整えていました。このあたりの流れは元寇とも似ていますね。

しかしながらやはりモンゴルの強さには敵わず、首都ハノイは陥落し皇帝は脱出します。その後モンゴルが引き返したことでこの戦いは終結します。

第二回遠征にはゲリラ戦と焦土作戦で対抗

第二回目は、現在のベトナム南部に存在した「チャンパー王国」を攻めるために、領土の通行と食料の提供を要求してきます。しかしベトナムがそれを突っぱねたので再び戦いになります。

一回目はあくまで南宋が目的で、大越国には興味がなかったようですが今回は従属させるつもりで本格的な攻撃を始めます。本気の元軍は強敵で、奮戦むなしく前回同様ハノイは占拠されてしまいます。

貴族までが降伏するという劣勢に立たされますが、徹底抗戦を決め込み元軍が分散して展開するのを見ると、山岳地帯やジャングルを利用したゲリラ戦に打って出ます。

ゲリラ豪雨やゲリラライブなどで聴き馴染みがある「ゲリラ」。これらの言葉から突発的なイメージがあるかと思います。まさにその通りで、標的を決めずに小規模部隊で奇襲することを指します。規模が小さいので臨機応変に攻めることができ、攪乱も目的なので深追いする必要もない作戦です。
  • 陳「奇襲じゃーーー!」
  • 元「うわああ!くそ体勢を立て直して反撃や…っていつの間にか逃げてやがる、追え!」
  • 陳「待ち伏せじゃーーー!」
  • 元「うわああ!くそ体勢を立て直して反撃…ん?またおらんやないk」
  • 陳B「奇襲じゃーーー!」以下ループ

といった感じでヒットアンドアウェイを繰り返されてはたまったもんじゃありません。しかもジャングルなどでの戦闘は土地勘のある地元民が大幅に有利。加えて遊牧民の優位も活かせずとあっては厳しい戦いになります。

そうして少しずつ打撃を与え、更に追い打ちをかけるように焦土作戦を敢行します。官民を挙げて食料を隠してしまいました。

なんだか文章にすると可愛らしい作戦ですが、兵隊からすると一大事です。

兵站のような概念がないような時代ですから、基本的に食料などの物資は現地調達です。(だからこそ陳朝に食料を要求してきたわけで、ベトナムが国土を跨ぐのを拒否したのも何をされるかわかったものではないからです)

その手段は現地などでの略奪が基本でした。略奪される前に隠してしまえというのがこの作戦。元寇時も略奪される前にと、鎌倉武士団によって博多が焼き払われていたという説も。それに比べれば穏やかな作戦です。

これによって補給がままならず、慣れない気候と疫病、そしてゲリラ戦によってモンゴル軍は次第に押されていきます。そしてハノイを奪還したベトナム軍に追撃され、元は撤退することとなりました。

ちなみにチャンパー王国にも激しい抵抗に遭い、台風が来たこともあって大損害を出し撤退しています。(どうやら平原がないと負け率が高いよう。ジャワ島でも撤退しています。)

ベトナム戦争でもべトコンによるジャングルでのゲリラ戦がアメリカ軍を散々な目にあわせたようですが、この時代にもゲリラ戦を行っていたようです。ジャングル最強はベトナム人かもしれませんね。

三度目の正直、白藤江(バクダン川)の戦い

二度の敗北を味わったモンゴル軍ですが、これに懲りるどころかご立腹のフビライ・ハンは三度目の遠征を計画します。

流石にもう侮れない相手だと認識していたようで、息子を総司令として9万人の大部隊と何百もの戦船を用意します。

「小国だからと甘く見るな」と念入りに言い含めていたというので、その本気具合が伺えます。また前回の焦土作戦がよほど堪えたのか、食料運搬用の船団を用意し運搬体制を整えます。いかに警戒しているかがわかります。

対するベトナム側も、どうせまた来るだろうと兵士の訓練に励み、武器と船をせっせと拵えていました。

そうしてお互い準備を進めていた中で、1288年に三度目の戦いが始まります。

またもや占拠されるハノイはもぬけの殻?

フビライの息子であるトガンは順調に首都ハノイへと進軍し、占拠することに成功します。しかし、その都は既に住民によってまたもや焦土作戦が実行されており、もぬけの殻となっていました。

空っぽ

元軍は抵抗勢力を叩きたかったのですが、既に皇帝はジャングルへと逃げ延びていました。ジャングルの使い方が上手いですね。こうして潜伏しながらゲリラ戦を続けていきます。

遠征している都合上補給さえ断ってしまえば、前回同様にモンゴル軍が撤退を余儀なくされるのは明らかでした。その遠征軍の弱みを突き戦況を動かしたのが「雲屯(ヴァンドン)の戦い」。

兵を潜伏させ、戦船の後に続いてくるであろう補給船をひたすら待ちました。

数日して、食料を満載した鈍重な補給艦隊が川を下ってきます。これを逃さず叩いたことで食料の確保が難しくなった元軍は一気に旗色が悪くなります。

このままでは敗走すると悟ったトガンは、陸路・水路の二方面で撤退を開始します。

白藤江の計略によって燃える船団

この撤退を察知した陳朝は、今こそモンゴルを追い返す好機と考え反撃を開始します。

帰還しようと川を遡っていくモンゴル軍に、陳朝の船が攻撃をしかけます。しかし軽船では敵わず返り討ちに…。

  • 陳「今こそ反撃の時よ!覚悟!」
  • 元「そんなしょぼい船なんぞ返り討ちよ」ポイー
  • 陳「くそっ、今日のとこはここまでにしといたる」ソソクサ
  • 元「逃がすか、追撃じゃあ!!」
  • 陳「やられる~うううう…なんちゃって」
  • 伏兵ABCDEFG「うおおおおおおおおお!!!!!」

元軍が追撃をしかけるとそこには何千もの陳朝の小舟が潜伏しており、一気に雪崩れ込んできます。そして両岸には多数の陳朝兵が。

すぐに罠だと気づきますが、時すでに遅し。もうベトナムの手のひらの上です。

慌てて撤退しようにも干潮の時刻で、潮が引いていき川底に仕込まれた杭が船団を襲います。そこに陳の小舟が杭をよけ攻撃をしかけます。

この場所全てが陳の罠でした。

あらかじめ潮位の上下・時刻を調べ川底に杭を仕込んでおき、囮を使ってそこに誘い込んだのです。

干潮

そんなこととは露知らずまんまと嵌った元軍は身動きがとれずなすすべがありませんでした。杭で動きを阻まれたとも、船体に刺さったとも言われています。

更に火をつけたイカダを上流から流すことで、追い打ちを加え船団は大炎上。

伏兵、杭の奇策、火計によって艦船100隻を沈め、400隻を捕獲大勢の将軍を捕らえるという大戦果を挙げ、元軍は壊滅します。

水路は壊滅し、陸路組も追撃を受けながらなんとか帰還。これで戦いは終結しました。

この戦を契機にベトナムでは民族意識が高まっていったのだとか。

終戦後は多数の捕虜と共に使者を送り、朝貢関係を築くことに成功しました。流石に何度も攻められては国が保ちませんからね。フビライはなお諦めていなかったようですが、彼が亡くなったことで遠征も頓挫したようです。

ゲリラ戦で国を守り切ったベトナム

ベトナム国旗

大陸ではモンゴル軍に敵いませんが、やはり局所的な戦いでは勝ち目があるようです。とは言えいくら地形的に有利だったとしても、陸続きなのにモンゴルに勝ったベトナムは凄いですね。

川底に杭を仕込む計略はかっこいい。ゲリラ戦に焦土作戦とできることはみなつぎ込んだ感じがまたたまりませんね。

ジャングルでのゲリラ戦はベトナムの得意分野ですから、ジャングルで戦うべきではありませんね…。

このモンゴルを含め、多くの強敵をゲリラ戦で苦しめたのがベトナムの強さです。

徹底的に相手の有利を活かさせずに戦い、自分たちの優位に引き込むためにゲリラ戦や補給を断つ部分に注力するという割り切った戦法にプロフェッショナルを感じます。

ベトナムはいつか行ってみたい国です。

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

スポンサーリンク

シェアする

フォローする

コメント

  1. 匿名 より:

    ベトナムには敬意を払う