大阪城をはじめ日本の城に仕掛けられた防衛機構

姫路城戦国時代
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どうも、ダルです。

みなさん城攻めの経験はありますか?私はありません。ですが、お城に行って「これほんまに難攻不落か?」と思ったりします。みなさんもありませんか?

お城ってなんだかすんなり入って、ちゃちゃっと落とせそうな感じがしません?しかしお城の構造や仕掛けがわかるとそんな気はなくなります。

実は日本のお城の防衛機構は凄くて攻めるなんてとんでもない!という話です。

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日本のお城のざっくりした種類と変遷

大阪城お城と言っても色々あります。パッと思いつくのは大阪城、姫路城、熊本城、名古屋城などでしょうか。

見た目もそれぞれ個性がありますが、立地にも違いがあります。山の上にあったり街中にあったりしますよね。

山の上の「山城(やまじろ)」が形式としては一番古く、最近天空の城として広く知られるようになった竹田城などが有名です。

その他の平地にある城は「平山城(ひらやまじろ)」、「平城(ひらじろ)」と呼ばれます。前者は姫路城や大阪城が後者は名古屋城や二条城が当てはまります。

このようにお城は山に築くものだったのが、時代がくだるにつれ段々と平野に築かれるようになっていきました。

当初のお城はあくまで防衛のための軍事拠点でしたが、平野に築かれるようになってからは住まいの役割も持つようになり、なにより経済・政治の拠点となっていきました。

平野に城が築かれたことで城下町が形成される

平野に築かれるようになってからは、いわゆる城下町が形成されることとなりました。

大阪城や名古屋城のような大きなお城は街中にあるのはこのためです。都心の中に城があるように思えますが、実際は街中に…というよりは城が街を作ったと言えます。

城下には家臣がいて、それを支える職人や商人が集まるわけですから栄えないわけがありません。

「お、金持ちがようさんいてるな稼げるで!」の精神で集まった場合もあれば、商人たちを自ら集めた場合もあるでしょう。

ちなみに、信長の時代から今イメージされる高く立派な天守閣がメインのお城となっていきました。

信長は天守閣を目立たせることで領民に自分の存在をしめしたのだとか。また、天守閣で展望台のように料金をとって見学させたとも言います。時代を先取りすぎです魔王様。

日本の城の攻略を難しくする3つの仕掛け

お城について少し詳しくなったところで、実際に城攻めを企ててみましょう。

本来軍事拠点である城は山にある方が攻めずらいものです。しかし、攻められやすい平野にくだってきたことで、様々な仕掛けを施して少しでも攻めにくくしようと工夫されてきました。

その中でもどのお城にも見られるような必須防衛機構とも言える仕掛けを3つご紹介していきます。城を落とす際にはこの3つは絶対にかい潜らなくてはならないので、バッチリ予習しておきましょう。

お城に近づけさせないためのお堀

まず関門となるのが「堀」です。お堀と言えば水堀を想像しますが、水が張られずにただ掘られただけの空堀もあります。

大阪城のお堀

大阪城のお堀

外堀を埋めるという言葉があるように、「堀を埋める≒攻略する」と言ってもいいほど城攻めにおいて堀は重要な要素でした。ここを突破しなくてはそもそも城内に侵入できませんから。

ただの溝でしょ?と言われればそれまでですが、これを突破するのは至難の業でした。なにせ渡るのも一苦労ですが、上からバンバン弓矢や鉄砲が飛んできます。

水堀であれば船を狙い撃ちにされますし、空堀であれば足が止まったところを狙い撃ちにされます。空堀の場合は、「逆茂木(さかもぎ)」という鋭利な枝を柵にしたものなど障害物が設置されていたようです。

更に攻撃側は堀のせいで低地にいますが、防衛側は高台にいます。高台+堀のせいでより高い場所にいるわけですから、より強く角度がついて狙いやすいわけですね。しかも堀に侵入しないことには攻撃は届きません。

弓や鉄砲の射程距離よりも長く作られていたわけです。つまり堀へ侵入しなければ攻撃が届かないのに、侵入したら集中攻撃されるわけですね。

  • 攻撃側「こんなもん余裕で渡れますわ~」ヒョイヒョイ
  • 防衛側「俺らの攻撃がなけりゃあな!お前ら上から丸見えやぞ」シュパパシュパパ
  • 攻撃側「うわ、射ってきよった。避けきれへんやん!」ウワアアアアア

堀は防衛側にとっては「攻撃+」「防御+」を付加しますが、攻撃側には「攻撃-」「防御-」「素早さ-」のバフ・デバフを強いることのできる装置というわけです。強制的に自分たちを有利にするわけですから厄介極まりませんね。

だからこそ「大坂冬の陣」では外堀を埋めることが講和条件になりました。それだけ堀が防衛の要だったというわけですね。

ちなみに今でも大阪には空堀町という地名が残っていて、大阪城の近くではあるものの現在ではただの街です。

つまり、本来の大阪城はもっと大きく広大でお堀も大きかったということです。本来は現在の4倍は敷地があったそうで、堀が何重にも張り巡らされていたからこそ難攻不落と呼ばれたようです。

ちなみに、西洋の城は高い城壁のあるイメージですがこれは地震が少ないから。日本では地震のことも考えて、高い壁を築くよりもお堀を掘ることに進化していった面もあるようです。

壁越しに敵をハチの巣にする狭間

なんとかお堀を突破しても、お城というのはくねくねとややこしい道になっているものです。「なんでこんな入り組んでるんや?歩きにくい…」と思ったことありますよね。

あの曲がりくねったややこしいところから大抵見ることができるのが、△だったり□だったりの穴が開いた「狭間(さま)」です。

姫路城の狭間

手前に映っているのが姫路城の狭間

お城の壁には等間隔であいているので、あらやだオシャレな模様!なんて思いがちですが、本来あそこには武装したおっさんが並んでいます。

城内のどこに行ってもあの穴が見えますが、逆に言えば城内のどこに行っても見られているというわけです。あらゆる方向・角度から弓や銃で狙われているわけで、狭間=銃口とも言えます。

こんな穴から狙われては反撃のしようもありませんし、なにより数が多い。文字通りハチの巣にされること請け合いです。しかも撃ちやすいように道で自然と誘導されていたりします。

  • 攻撃側「よっしゃ堀を越えたらこっちのもんや!ん?なんやオシャレな模様あるな」
  • 防衛側「模様?残念狭間やで!」チャキ
  • 攻撃側「あれ?銃口?」オワタ
  • 防衛側「どこおっても丸見えやし通らなこっち来れんぞ」ニッコリ

攻める側は反撃できないのに、守る側はバンバン撃ってくるわけですからたまったもんじゃありませんね。これも防衛側が一方的に有利です。

姫路城なんかだとカモフラージュされていて、突然現れる狭間なんかもあったよう。

天守へ近づく者には石落としトラップ

やっとの思いで天守に近づいたとしても、天守や櫓(やぐら)には「石落とし」というトラップがあります。

石落し

和歌山城の石落とし。出っ張った排気口みたいなのが「石落とし」。

この石落としはその名の通り、出っ張りの部分から石を落として登ってくる敵を迎撃するためにあります。前方を攻撃する狭間とは違い、真下を狙うのが石落としの役割です。

石を落とすと言っても石なんて限りがあるので、実際はなんでも落としたようです。例えば熱湯。シンプルにやっつけにいってますね…。

他にも糞尿を落とすこともあったそうな。小学生かよって思われるかもしれませんが、実際効果的なようです。

もちろん単純に不愉快で相手のやる気を削ぐというのもあったようですが、なによりヌメリで滑らせ登れないようにする効果もあったよう。

それ以外にも熱した油やmおかゆなんかも落としたのだとか。おかゆって怖いですよね、完全に液体ではないから熱々のまま身体にまとわりつくわけですから…。

実際にお城でこの石落としを覗いてみるとわかるのですが、思ったより視野が狭いです。ほんまに落とせるん?って感じです。基本的には弓や銃をぶっぱなしたり、槍で突くのがメインだったようですね。

色んなものが降ってくるのに更に攻撃されるわけですからたまりません。

  • 攻撃側「よしこっから登るぞ!」ヨジヨジ
  • 防衛側「来んといてな~」フンニョー
  • 攻撃側「うわっ汚っ!滑るし最悪や」
  • 防衛側「止まったな!撃て撃て撃てえええええ!!」

こうした石落としからの攻撃は兵士でなくてもできるため、子供や女性など非戦闘員も担っていたようです。狙わなくてもいいわけですから、戦える人間は他に回して城内の人間をフル活用するためにも優れた仕掛けです。

まとめ

現代ではひょいひょい入れるお城ですが、実は敵を寄せ付けない仕掛けがたくさん施されています。

また、大阪城のようにフルスペックではない弱体化された状態のお城もあるため、本来はもっと攻めにくかったはずです。

今回紹介した仕掛けはあくまで基本要素なので、お城ごとにさらに独自の仕掛けが+αされるものです。

こういう仕掛けを見ながらお城に行くと「あ、これ攻めたくない」って思います。兵士視点だとこんなにやりたくない仕事はないなあ…って感じがしますね。

この他にもそもそもお城は迷路のようになっていますし、心理を突くような仕掛けがたくさんあります。

孫子も城を攻めるのは愚策と言っていたようですので、単純に力比べなら防衛側が圧倒的に有利なのでしょう。お城に行った際には是非どう攻めるかシミュレーションしてみてください。

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